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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)12号 判決 1982年10月05日

原告

アツプルトン・ペーパーズ・インコーポレイテツド

被告

富士写真フイルム株式会社

主文

特許庁が昭和48年審判第4086号事件について昭和54年9月13日にした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2当事者の主張

1  請求の原因

1 特許庁における手続の経緯

訴外ザ・ナシヨナル・キヤツシユ・レジスター・コンパニー(その後、エヌ・シー・アール・コーポレーシヨンと名称変更)は、名称を「感応記録ユニツト」とする特許番号第511757号特許発明(1964年8月27日のアメリカ合衆国における特許出願に基づく優先権を主張して昭和40年4月14日出願、昭和43年2月27日登録。以下「本件発明」という。)の特許権利者であつたところ、被告は、特許庁に対し、右会社を被請求人として昭和48年6月18日、本件発明につき特許無効の審判を請求し、昭和48年審判第4086号事件として審理され、その後原告は、右エヌ・シー・アール・コーポレーションから右特許権を譲受け、昭和54年7月25日その旨の特許権取得登録がされた。

本件特許無効の審判の請求について、特許庁は、昭和54年9月13日、「第511757号特許は、無効とする。」との審決をし、その謄本は、同月29日、被請求人エヌ・シー・アール・コーポレーシヨンに送達された。

2  本件発明の要旨

隣接して並置されているが相互に別れ別れになつている着色印形成性成分を支持するシート材料及び圧力放出可能の液状の、前記着色印形成性成分のうちの少なくとも1つの溶剤よりなる圧力感受性記録ユニツトにおいて、前記シート材料が着色印形成性成分として発色体材料と発色体材料に反応性の重合体材料とを支持し、前記両成分が共に圧力放出可能な液状溶剤に可溶性であることを特徴とする圧力感受性記録ユニット。

(別紙図面参照。)

3  審決の理由の要点

(1)  本件発明の要旨は、前項のとおりである。

これに対し、本件発明の特許出願前国内において頒布された米国特許第2,972,547号明細書(特許庁資料館受入、昭和36年6月7日)(以下「引用例」という。)には、発色体材料であるアシルヒドラジンと酸性成分とを、溶媒によつて密接に接触せしめるか、溶媒の存在もしくは不存在下において圧力又は熱によつて密接に接触せしめることにより発色せしめること、上記酸性成分としてフエノール樹脂を用いうること、隣接して並置されているが相互に別れ別れになつているアシルヒドラジンと酸性成分を支持するシート材料を用いた圧力感受性記録ユニツト、アシルヒドラジン溶液をマイクロカプセル化して用いうること(圧力放出可能であつて液状で発色体材料であるアシルヒドラジンの溶剤であることを示している。)が記載されている。

そこで、本件発明と引用例記載のものとを対比すると、隣接して並置されているが相互に別れ別れになつている着色印形成性成分を支持するシート材料及び圧力放出可能の液状の前記着色印形成性成分のうちの少なくとも一つの溶剤よりなる圧力感受性記録ユニツトにおいて、前記シート材料が着色印形成性成分として発色体材料と発色体材料に反応性の重合体材料とを支持しているものである点で一致し、本件発明においては、発色体材料と発色体材料に反応性の重合体材料との両成分が溶剤に可溶性であるのに、引用例記載のものでは、発色体材料は溶剤に可溶性であるが、発色体材料に反応性の重合体材料が溶剤に可溶性であるかどうか具体的に示されていない点で一見相違する。

しかしながら、引用例には、マイクロカプセル化された溶剤が、発色体材料に反応性の重合体材料をも溶解することは具体的に示されていないとしても、発色体材料と酸性成分の両成分を溶媒によつて密接に接触することが記載され、その実施例6にはエタノールに易溶性であるクエン酸を紙に適用し、それにアシルヒドラジンのエタノール溶液を滴下すると発色することが記載されており、これは両成分を溶剤を用いて接触させているものと認められるうえ、化学常識上、両成分を密接に接触するには、両成分共、溶剤に溶解させた方がよいことは当然であるから、引用例記載のものは、マイクロカプセル化された溶剤が発色体材料のみならず発色体材料に反応性の重合体材料をも溶解するものである場合も包含するものと認められる。

したがつて、本件発明は、引用例に記載された発明と認められ、特許法第29条第1項第3号の規定に違反して特許されたものであるから、その特許は、同法第123条第1項第1号の規定により無効とすべきものとする。

4  審決を取消すべき事由

本件発明と引用例記載のものとの一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは争わない。

しかしながら、審決は、引用例の記載内容を誤認し、かつ、本件発明の内容についても理解を誤り、これがため、本件発明が引用例に記載された発明と同一なものと誤つて判断した点で違法であるから、取消されるべきである。

審決は、本件発明においては、発色体材料と発色体材料に反応性の重合体材料との両成分が溶剤に可溶性であるのに対して、引用例記載のものでは、発色体材料は溶剤に可溶性であるが、発色体材料に反応性の重合体材料が溶剤に可溶性であるかどうか具体的に示されていない点を一応相違点として指摘しながら、引用例にも発色体材料と酸性成分の両成分を溶媒によつて密接に接触することやその実施例6にはエタノールに易溶性であるクエン酸を紙に適用し、それにアシルヒドラジンのエタノール溶液を滴下すると発色する旨の記載があること及び「化学常識上、両成分を密接に接触するには、両成分共、溶剤に溶解させた方がよいことは当然である」ことを根拠に「引用例のものは、マイクロカプセル化された溶剤が発色体材料のみならず、発色体材料に反応性の重合体材料をも溶解するものである場合も包含する。」と判断した。

しかし、審決の右の判断は、以下に述べるとおり、本件発明と引用例のものとの構成上の差異及び本件発明特有の効果の存在を看過したことによる誤つた判断である。

(1)  本件発明の構成上の特徴とその効果

(1) 本件発明は、発色体材料(塩基性成分)と発色体材料に反応性の重合体材料(酸性成分)とが共に液状溶剤に可溶性であることを特徴とし、これによつて、本件特許出願公告明細書(以下「本件明細書」という。)に記載された次の如き顕著な効果を奏する。

(イ) 印形成性成分が反応性接触をうけて特色ある印を生ずる(明細書2頁左欄12行、13行)。

(ロ) 感圧記録系の大気感応性が従来よりもはるかに改良されている(同1頁右欄下から2行、1行)。

(ハ) 感圧記録ユニツトの多くの態様を可能とする(第2図参照)。

右の基本的な効果を前提として、具体的態様としては、更に次のような効果がある。すなわち、印形成の点では、重合体材料が印形成反応の生成に伴つて生ずる膜として存在し、印形成がされた領域をとりかこんでいるので、研磨作用によつても印の消失を実質的に減少せしめる保護膜となる。好ましい材料、すなわち、フエノール重合体の場合では、大気の水分による脱色は、その重合体の水に対する不溶性によつて妨げられる。重合体材料を連続膜としてはじめからその保持シート物上に配置すれば、容易に可溶な形態の反応性材料よりなる大きな表面積が得られる。膜状でその重合体が存在すれば、例えば印刷インキ塗布器のごとき現存する塗布装置に対する適応性がきわめて容易に得られる。重合体が基材と大きな親和力を有しているために、その重合体ではアタブルギツトのごとき粉末状材料の被覆によつて生ずるいわゆる「ピツキング」問題が実質的に減少する(明細書10頁右欄40行ないし11頁左欄13行)。

(2)  引用例の記載内容

引用例はアシルヒドラジン類からなる新規な発色物質を開示し、一方、本件発明は液状溶剤に可溶性の重合体を酸性物質として用いる点に特徴を有するものであつて、両者は、その目的において明らかに異なる。引用例には発色体材料が溶剤に可溶性であることは示されているにしても、発色体材料に反応性の重合体材料として単にフエノール樹脂という表現で例示されているにすぎず、このフエノール樹脂が溶剤に可溶性なのか否か、また可溶性であるとしても、具体的に発色体材料と当該フエノール樹脂とを共に溶解する溶剤と共に使用するのか否か記載されていないし、また、示唆もされていない。

(1) 引用例の実施例6には、審決認定のような記載があるものの、そこには、アタプルギツトクレイに置換された酸性成分としてのクエン酸が溶剤に溶解するという積極的表現は何ら存しない。しかも、フエノール樹脂についていえば、引用例には、酸性成分の1例として単にフエノール樹脂と示されているだけで、溶剤に可溶性のフエノール樹脂であるか不溶性のフエノール樹脂であるか何ら明らかにされていない。

引用例の1欄40行ないし56行には好適な発色剤(酸性成分)のすべてが示され、その例としてクレイ、シリカゲル及び陽イオン交換体が含まれているが、これらの物質は、引用例に開示されている溶剤のいずれにも溶解しないものである。これらの物質が、発色体材料の溶剤には溶解するものではないが、発色体材料溶液と吸着化学反応によつて発色することは周知の事実である。このことは、甲第9号証(米国特許第2,548,364号明細書)の2欄45行ないし3欄9行の記載からも明らかである。

しかも、フエノール樹脂が、溶剤に対して不溶解性のクレイ、シリカゲル等の発色剤(酸性成分)よりも、溶剤に対して溶解性のクエン酸等の発色剤(酸性成分)に、より関連性を有するという根拠が何ら存しない以上、引用例は、溶剤がフエノール系重合体を溶解する場合をも開示しているとはいえない。

(2) 審決の「化学常識上、両成分を密接に接触するには、両成分共、溶剤に溶解させた方がよいことは当然である。」との判断は、引用例における「密接に接触させる」との記載に関連づけて述べられているのであるが、引用例では、密接に接触させる手段として、溶媒により、又は溶媒の存在下もしくは不存在下において圧力又は熱によつて行なうと記載されている。更に、引用例の1欄56行ないし69行に「発色はアシルヒドラジンの性質及び特に接触物質及び溶剤の性質によつて変化する。例えば、アシルヒドラジンのほとんどはカオリンクレイと摩擦することによつて紫色を生ずる。」と記載され、同欄70行には、クエン酸の場合には青色を生ずる旨記載されている。これらの記載からわかるように、「密接に接触させる」とは、溶剤に溶解することだけを意味するものではないのである。

また、溶剤については、引用例の2欄2行ないし7行に「例えば、液状塩素化ビフエニル中の1-ビス(4-ジメチルアミノフエニル)メチル-2-(2,4-ジクロロベンゾイル)ヒドラジンは、アタプルギツトクレイと接触して青色を生ずる。塩素化ビフエニル溶剤をメタノール、エタノール、アジピン酸エチル、セバシン酸エチルと置換した場合には、上記クレイによる発色は紫色となる。」と記載されていることから明らかなごとく、溶剤とは、発色体材料の溶剤を意味しているものである。このことは、引用例の実施例が種々の密接に接触する手段を示し、かつ、発色体材料の溶剤を例示するにしても酸性成分の溶剤については全く言及していない点からも明らかである。

このように、「密接に接触させる」という表現の根拠となつている引用例においてさえ、発色体材料と酸性成分とを密接に接触させる手段として、種々の例をあげており、しかも、両者を共に溶剤に溶解せしめて密接に接触させるとはどこにも明示されていない。

更にいえば、両成分を密接に接触させるには、一般的に両成分の接触面積を大とすればよいが、この手段としては、両者を微粉末として接触するとか、一方の成分を溶解し、地方を微粉末又は多孔体として接触させるとかが考えられるところであり、両成分共、溶剤に溶解させることが密接に接触させる手段として当然に行なわれるとはいえない。

5  被告の主張に対する反論

(1)  被告は、本件発明の効果として原告の主張する事項はすべて本件特許請求の範囲に記載された発明に特有の効果とはいえないと主張する。

しかしながら、以下に反論するように、被告の主張は失当である。

効果は印形成性成分が反応性接触をうけて特色ある色を生ずることであるが、このような効果は、引用例に記載されていると被告は主張する。しかし、本件発明の発色反応は、単に色が生ずるというだけではなく、非常に効率よく発色が行なわれるものであり、その結果、本件発明で使用する反応性重合体材料の量は、従来の粘土物質の量に比較し、非常に少量で間に合う。このような発色反応の効率性については、引用例には何ら記載されていない。しかも、発色体材料と反応性重合体材料の両成分が共に溶剤に可溶性であることにより、効率のよい発色反応が行なわれるから、効果が本件発明に特有な効果であることは明らかである。

効果は、感圧記録系の大気感応性が従来よりもはるかに改良されていることである。被告は、「の効果は、反応性の重合体材料としてフエノール樹脂を使用したことにより、その水に対する不溶性により奏される効果であ」ると述べ、後述する効果と混同している。は大気感応性の問題、すなわち、発色反応がおこる前に感圧記録材料が大気中で不活性化して発色しなくなるか否かの問題であり、は既に発色反応が生じ、その後に脱色するかどうかということであつて、全く別の問題である。効果も本件特許請求の範囲の要件を充足することによつてはじめて達成される効果であつて、しかも、引用例にも記載されてはおらず、本件発明の特有の効果である。

効果は、溶剤可溶性の重合体を用いて本件明細書の第2図のごとき多種の記録ユニツトを製造することが可能になつたことであるが、引用例にはこの点について何らの記載もないのであり、被告のいうようにありふれたものといえる根拠はない。

更に、効果についていえば、本件明細書10頁右欄40行ないし43行に「一般に、印形成の点では、重合体材料が印形成反応の生成に伴つて生ずる膜として存在するであろう。その重合体が膜の形態で存在すると、いくつかの利点が提供される。」と記載され、その利点として挙げられているのが効果である。すなわち、発色反応時には溶剤に一旦溶けていた重合体も、その後の溶剤の揮発等の逃散によつて、膜の形態で存在することとなり、その結果、発色部分が重合体膜によつて被覆保護されて、消色又は脱色が防止されるということである。後述する効果(重合体材料をあらかじめ膜状に形成するという限定された場合の効果)とは異なり、効果は、本件明細書の第2図に示したごとく、重合体材料を連続膜、粒子及び溶剤に溶解してカプセル化としたいずれの場合にも達成されるものである。効果の前提たる膜の生成と、効果の膜状の重合体の形成とにおける膜の意味は同じではない。効果の膜とは、感圧記録ユニツトを形成するためにシート上にあらかじめ重合体の連続膜を配置することを意味するもので、具体的にいえば、本件明細書の12頁、13頁の第2図、Ⅳ、Ⅶ及びⅨのような連続膜を指称する。これに対し、効果の保護膜は、前述したごとく、発色反応に伴つて生ずるもので、重合体材料がもともと連続膜となつている場合のほかに、粒子状(噴霧によろうがよるまいが)、カプセル化状の場合でも重合体が連続膜とはならないまでも部分的に膜状となつて、発色領域を保護するということをいつているのである。

被告は、「、、の効果が奏せられるためには、重合体材料が溶剤に可溶であるということは好ましい条件の1つである。しかし、それは必要条件ではないし、また、発色体材料も同時にその溶剤に可溶性であるということは、かかる効果が奏せられるための必要条件でないことは勿論、格別好ましい条件でもな」いと述べている。効果は、重合体が溶剤に溶解しなければ達せられないのであるから、まさしく必要条件である。また、発色体材料と重合体材料とが同時にその溶剤に可溶性であるからこそ、両材料が混り合つて前記効果の良好な発色が得られ、しかも、それ以上の限定条件を設けることなく、発色反応に伴つて保護膜が必然的に生ずるのである。この保護膜は、従来の粘土類、有機酸(クエン酸を含めて)等の酸性成分を用いた場合には存在しえない。それ故、従来の技術では、発色領域の消色、脱色を効果的に防ぐことはできなかつたのである。この効果は本件発明に特有な効果それ自体である。発色体材料と重合体材料が共に溶剤に可溶性でなければ、発色反応した領域を取り囲む保護膜が生成されえないことは明らかである。

効果は、効果の保護膜の生成を前提とし、好ましい材料としてフエノール樹脂の場合を例示して述べているのであるが、他の重合体材料の保護膜の消色及び脱色防止機能を否定するものでないことは勿論である。

この効果及び効果は、本件発明の構成要件に更に一定の条件を付加した場合の効果を挙げたものであつて、構成要件に基づく特有な効果とはいえないとしても一定の条件を明記してその場合の効果を挙げることは発明の内容の理解の上で混乱を生ずるわけではなく、かえつて理解の一助となるわけであるから、それ自体何ら不当なことではない。

効果は、本件発明の反応性重合体材料をアタプルギツトクレイのような従来の反応性物質と比較したものである。従来の反応性物質は、本質的に基材に対する親和力を有しない。したがつて、従来の反応性物質の場合にはバインダーを用いなければならないものであつたが、(ⅰ)ピツキングを減少するために充分量のバインダーを用いると、反応性物質の反応性が不可避的に減少し、(ⅱ)反応性を維持するために、少量のバインダーを用いると、反応性物質のピツキングが随伴してしまうという不都合が生じていた。本件発明の反応性重合体材料は、従来の反応性物質に比較して本質的に基材に対し大きな親和力を有しているから、被告の主張にもかかわらず、親和力を有する重合体材料を特別に選択する必要はないものである。

(2)  引用例にはわずかに「フエノール樹脂」という言葉が1箇所出てくるだけであるから、それが可溶性のフエノール樹脂か否かは不明なことであるとみるのが自然な解釈である。

被告は、「フエノール樹脂は可融可溶の樹脂(いわゆるノボラツク)と不融不溶の樹脂(いわゆるベークライトC)の2種に大別されることが本件発明の特許出願前から周知であることは、乙第1号証の記載より明らかである。」ということを前提として、溶剤可溶性の樹脂を選択することは何ら発明性を有することではないと主張する。

被告の提出した乙第1号証のフエノール樹脂の欄には、「アルカリ性の触媒の存在で反応させると、初期生成物としてオキシメチル基に富んだ可溶性物質が得られる。これをレゾールという。……レゾールを加熱して縮合を進めたものをレジトールといい、更に縮合が進んで不融不溶の状態になつたものをレジツトという。レゾール、レジトール、レジツトをそれぞれベークライトA、ベークライトB、ベークライトCとよぶこともある。」(732頁左欄37行ないし右欄8行)と記載されていることから明らかなごとく、レゾール(ベークライトA)は可溶性である。このことは、甲第13号証(理化学辞典1131頁、株式会社岩波書店1971年5月20日発行)のフエノール樹脂の欄の「アルカリを縮合剤として得られる黄褐色油状の樹脂はレゾール型樹脂とよばれ、熱によつてしだいに硬化する。最初の可溶可融性の状態をAまたはレゾール、最後の不溶不融性の状態をCまたはレジツト、その中間をBまたはレジトールという。」との記載からも確認される。また、甲第14号証(「ザ・ケミストリイ・オブ・フエノリツク・レジンズ」ロバート・ダブリユ・マーチン著、1956年出版)の88頁第2図には、ノボラツク及びレゾールの両方の樹脂が不溶不融性段階(レジツト)まで硬化されることが図示されている。

したがつて、フエノール樹脂を可融可溶のノボラツクと、不融不溶のベークライトCとに分けた被告の分類では、可融可溶のレゾールと硬化したノボラツクをどうするか明確でなく、正確な分類とはいえない。このように、当業者である被告でさえも、フエノール樹脂を正確に分類しえないことは、フエノール樹脂という記載だけでは、その具体的性質、内容を探知することが当業者にとつても簡単にはしえないという事実を示している。

更に、引用例には、発色体材料と酸性成分とを密接に接触する手段として、種々の可能性が示され、その具体的接触手段が実施例に種々示されている。実施例6には被告が指摘する接触手段が示されていることは否定しないが、クエン酸のかわりにフエノール樹脂が使用されうるというようなことは一切記載されていないこともまた明らかである。フエノール樹脂の具体的に特定した接触手段については、引用例には何も記載されていない。

引用例の漠然とした開示から、具体的に溶剤可溶性及び反応性のフエノール樹脂を選択し、かつ、共通溶剤による接触手段を選択し、これによつて、前記したごとき効果を達成することは当業者の容易にしうるところではない。

なお、被告は、フエノール樹脂及びクエン酸は共に有機酸に属する化合物であり、有機溶剤に対して溶解性を有することが周知であると主張するが、誤りである。すべてのフエノール樹脂が有機溶剤に対し溶解性を有するものでないことは、周知のことであるからである。クエン酸といえば、性質の特定されたただ1種の有機物質を指称するが、フエノール樹脂という漠然とした表現では、性質の異なつた無数の高分子物質を包含した群の総称にすぎない。引用例では、酸性成分としてクレイ、シリカゲル、クエン酸、フエノール樹脂のほかに、多数の物質を挙げ、それらをケイ酸塩類、通常の酸、ヘテロポリ酸、及びフエノール性物質の4種に分けて示している(1欄44行ないし56行)。クエン酸は通常の酸の1つとして、フエノール樹脂はフエノール性物質の1つとして挙げられている。両者は、それぞれ別の群に分けられている。実施例6のクエン酸の代替としてフエノール樹脂が当然に用いられるかどうかが問題であるが、クエン酸と同じ通常の酸に属する物質はまずその適用が考えられるにしても、別の群に属し、しかも、被告が述べたごとく溶剤可溶性のものと溶剤不溶性のものとに大別されるフエノール樹脂の適用が当然に行なわれるかどうかは疑問といわざるをえない。

引用例には、有機高分子物質の酸性成分として、フエノール樹脂のほかに、H―陽イオン交換樹脂が挙げられている。このH―陽イオン交換樹脂は、不溶性及び多孔性の有機物質である。このイオン交換樹脂は、多孔性であるが故に、吸着化学反応を受け易いものであり、クエン酸と同じ通常の酸の群に属する。同じ通常の酸であつても、クエン酸とH―陽イオン交換樹脂は、反応機構及び性質が全く異なるわけである。ましてや、他の群に属し、可融可溶性及び不融不溶性に大別されるフエノール樹脂が、H―陽イオン交換樹脂に対するよりもクエン酸に対してより多く関連性を有し、クエン酸と直ちに代替されうるといえるものではない。要するに、引用例にはクエン酸とフエノール樹脂とを関連づける根拠となるような記述は一切存在しないのである。

結局、原告としては、実施例6のクエン酸の記載をクエン酸と同類とみなされる一般の有機酸程度まで拡大することは容認するとしても、引用例の重合体材料としては、フエノール樹脂とH―陽イオン交換樹脂とが明記され、そしてH―陽イオン交換樹脂がクエン酸と互換性を有しない以上、審決のごとく、クエン酸の記載をクエン酸とは全く種類の異なる重合体材料にまで拡大することは到底容認しえないことである。

2 被告の答弁及び主張

1 請求の原因1ないし3の事実は認める。

2 同4の取消事由についての主張は争う。

審決の認定判断は、以下に述べるとおり、正当であり、審決には原告主張のような違法の点はない。

(原告主張の本件発明の効果について)

原告は、本件発明の主たる効果として、印形成性成分が反応性接触をうけて特色ある印を生じ、かつ、感圧記録系の大気感応性が従来よりもはるかに改良されていることの2点を挙げ、更に多くの具体的態様によつて奏せられる効果として、~の事項を挙げる。

原告の右の主張からも明らかなように、要するに本件発明の特許請求の範囲に記載された発明が有する効果は、及びの効果のみである。

このうち、に関しては、印形成性成分としてフエノール樹脂を使用し、反応性接触をうけて印を生ずることは引用例に記載されていることであり、重合体材料と発色体材料の両成分が共に溶剤に可溶性であることにより奏せられる本件発明に特有な効果でないことは明らかである。

また、の効果は、反応性の重合体材料としてフエノール樹脂を使用したことにより、その水に対する不溶性により奏せられる効果であり、発色体材料と重合体材料の両方を溶剤に可溶性としていることによつてはじめて生ずるものではない。このことは、本件明細書10頁右欄下から2行ないし11頁左欄1行の「加うるに、好ましい材料、すなわちフエノール重合体の場合では、大気の水分による脱色はその重合体の水に対する不溶性によつて妨げられる。」との記載から明らかである。

また、の効果についての主張も失当である。本件明細書の第2図に示された記録ユニツトはすべて、マイクロカプセルを使用して、発色物質と酸性物質であるフエノール樹脂を隔離する構成を有しているがマイクロカプセルを利用して発色物質と酸性物質を隔離した記録ユニツトは、本件発明の出願前より知られているものであり、引用例の5欄54行ないし58行にも、アシルヒドラジン発色物質に関し、「得られる混合物を、親水性コロイド物質のマイクロカプセル中に包合し、塗料組成物を得ることもできる。これらの塗料は当業界においては良く知られているので、実施例によつて詳述する必要はない。」と記載され、マイクロカプセルを利用した使用法が記載されている。

したがつて、引用例に記載されている発色系を使用して、第2図に示されているごとき記録ユニツトを製造することはきわめて容易なことである。

また、本件発明の各態様によつて奏せられる効果として主張する事項のうち、、、の効果については、重合体材料が溶剤に可溶であるということは、好ましい条件の1つである。しかし、それは必要条件ではないし、また、発色体材料も同時にその溶剤に可溶性であるということは、かかる効果が奏せられるための必要条件ではないし、格別好ましい条件でもない。したがつて、これらの効果は本件発明のうちごく一部のみが奏する効果にすぎず、その意味で本件発明持有の効果ということはできない。のみならず、、、の各効果は、重合体材料が溶剤に可溶であるということのみから生ずるものではなく(すなわち、この要件は、各効果が生ずるための十分条件ではない。)、について「重合体材料を連続膜としてはじめからその保持シート物上に配置すれば」とかについて「膜状でその重合体が存在すれば」とか原告も記載しているように、更に重合体材料を膜状に形成するという条件が備わつてはじめて奏されるものである(例えば、重合体材料が溶剤に可溶であつたとしても、溶剤を基材上噴霧しただけであれば、膜は形成されず、、、の各効果が生じないことは明らかである。)が、本件特許請求の範囲には、かかる要件は記載されておらず、本件発明には、、の各効果を奏しない場合が包含されているといわざるをえない。

また、の効果は、重合体材料が溶剤に可溶性があるか否かということとは直接関係がなく、その重合体材料が吸湿性、親水性を有していないことによる効果であることは明瞭である。したがつて、原告が「フエノール重合体の場合では」と記載しているところからも明らかなように、かかる効果は、本件特許請求の範囲に記載された重合体材料のうちの一部のものを選択して用いた場合にのみ奏せられるものであつて、特許請求の範囲に記載されたすべての重合体材料に共通の効果ではないから、本件発明はかかる効果を奏しない場合をも包含しているといわざるをえない。

更に、の効果も重合体として基材と大きな親和力を有するものを選択した場合にのみ得られるものにすぎないことは明らかであるが、特許請求の範囲に記載された重合体材料はかかる性質をもつもののみに限定されてはいないから、本件発明はの効果を奏しないものも包含しているとみざるをえない。

以上要するに、原告が本件発明に特有な効果として主張しているものはすべて、本件特許請求の範囲に記載された発明に特有な効果といいうるものではなく、少なくとも、発色体材料と重合体材料の両方が溶剤に可溶であることによつてはじめて得られるものでないことは疑いのないところであるから、原告のこの点についての主張は失当である。

(引用例の記載内容について)

(1)  原告は、引用例には、フエノール樹脂が溶剤に可溶性なのか否か、また可溶性であるとしても具体的に発色体材料と当該フエノール樹脂とを共に溶解する溶剤と共に使用するのか否か記載されていないし、また示唆もされていない旨主張する。

たしかに、引用例にはフエノール樹脂が溶剤に可溶性であるかどうか具体的に記載されてはいないが、審決認定の引用例の記載事項及び化学常識によれば、引用例は、フエノール樹脂が溶剤に可溶であること及び発色体材料と当該フエノール樹脂とを共に溶解する溶剤と共に使用することを少なくとも示唆しているとみるのが相当であるから、原告の右主張は失当である。

前記のごとく、引用例にはフエノール樹脂が溶剤に可溶か否か明記されてはいないが、当業者の技術水準に照らすならば、かえつて、引用例のフエノール樹脂は溶剤に可溶性のもののみを意味し、不溶性のものは含まないと解すべきである。その理由は次のとおりである。

溶剤に可溶なフエノール樹脂は、フエノール樹脂としてごく一般的なものであり、単に「フエノール樹脂」と表現された場合には、溶剤に可溶なフエノール樹脂が当然に包含されることは周知の事実であり、常識的なことである。このことは、化学大辞典編集委員会編「化学大辞典7」(共立出版株式会社)(乙第1号証)よりも明らかである。すなわち、その732頁には、フエノール樹脂がアルカリ性触媒を使用して製造されたものと酸を触媒として製造されたものに大別されることが記載されており、同頁右欄2)の項には、酸を触媒としてフエノールとホルムアルデヒドを反応させると、可融可溶の樹脂(いわゆるノボラツク)が得られること、また、同頁左欄から右欄1)の項には、アルカリ性触媒を使用した場合、初期生成物として可溶性物質が得られ、更に縮合反応が進むと不融不溶の状態(いわゆるベークライトC)となることが記載されている。ところで、引用例には、反応成分を密接に接触させる手段として、溶媒により、又は溶媒の存在下もしくは不存在下において圧力又は熱によつて行なうことが記載されているが、このような手段によつて不融不溶のベークライトタイプのフエノール樹脂を発色体材料と密接に接触させ発色反応を起すことができると考えることは、明らかに化学常識に反するものである。それ故、かえつて、引用例記載のフエノール樹脂には、溶剤に不溶性のものは含まれず、専ら溶剤に可溶性のものを指すと解するのが、当業者の常識に合致するといわなくてはならない。

更に付言すれば、仮に引用例のフエノール樹脂が専ら溶剤に可溶性のものを指すとまではいえないとしても、右に述べたごとく、フエノール樹脂には溶剤に可溶性のものがあることは周知のことであるから、少なくともこの限定においては、本件発明は引用例と同一であることは否定しえないところであつて、いずれにしても原告の右の主張は理由がない。

(2)  更に、原告は、実施例6を根拠として、引用例は溶剤がフエノール系重合体を溶解する場合も開示しているとみることができないと主張し、「クエン酸を溶解するという積極的表現がないこと」を指摘する。しかしながら、引用例の実施例6においては、発色体材料であるアシルヒドラジンをエタノールに溶解した溶液をクエン酸を紙に適用したものに滴下すると発色することが記載されており、しかも、エタノールはクエン酸を溶解する溶剤であることは周知のことであるから、実施例6の方法は、発色体材料と酸性成分とを共に溶解する溶剤と共に使用する場合に該当することは当業者にとつて明らかである。

更に、原告は「フエノール樹脂が、溶剤に対して不溶解性のクレイ、シリカゲル等の発色剤(酸性成分)よりも、溶剤に対して溶解性のクエン酸等の発色剤(酸性成分)に、より関連性を有すという根拠が何ら存しない以上、引用例は、溶剤がフエノール系重合体を溶解する場合をも開示しているとはいえない。」と主張する。しかし、この主張も、次に述べるごとき化学常識を無視した主張である。

クレイ及びシリカゲルは両者とも無機化合物であつて、無機の固体酸に属するものであり、有機溶剤に対して全く親和力を持たないものであるが、これに対して、フエノール樹脂及びクエン酸は共に有機化合物であつて、有機酸に属するものであり、有機溶剤に対し溶解性のあることは周知のことである。これに加えて、クレイ及びシリカゲルが多孔質で吸着性の大きい化合物であり、吸着化学反応を起しやすい物質であることは常識的なことであるのに対し、フエノール樹脂及びクエン酸は共に、多孔質の物質でもなく、吸着化学反応を行なう物質でもないこともまた周知である。

したがつて結局、クレイ及びシリカゲルに比し、フエノール樹脂がクエン酸により関連性をもつているということは客観的に明らかである。

また、原告は、引用例中の「密接に接触させる」との記載に関し、かかる記載は、溶剤に溶解することだけを意味するものではない旨主張する。

しかしながら、仮に原告主張のとおりであるとしても、「密接に接触させる」ということが、溶剤に溶解することを含んでいる以上は、その限度において本件発明と引用例との同一性は否定しえないといわざるをえない。

しかるに、引用例には、「溶媒により、又は溶媒の存在下もしくは不存在下において熱又は圧力の使用によつて行なわれる。」と記載されており、しかも、引用例の実施例6には、発色体材料と酸性成分の両成分を溶解する溶剤を使用して両者を密接に接触させる具体例が記載されているのであるから、引用例中の「密接に接触させる」との記載は、少なくとも両成分を溶解する溶剤を使用して両成分を密接に接触させる場合を包含していることは明らかである。

第3証拠関係

原告は、甲第1号証及び第2号証、第3号証の1、2、第4号証ないし第16号証を提出し、乙第1号証の成立を認め、被告は、乙第1号証を提出し、甲号各証の成立を認めた。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実については、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決を取消すべき事由の存否について判断する。

1 本件発明の構成及び効果

成立に争いのない甲第2号証(本件発明の特許公報)によれば、本件発明は、「改良された感圧記録材料に関するもの」であり、「印形成性成分が、これら成分に対する隔離された共通溶剤の微小滴の選択的放出と同時に、該共通溶剤の放出部分に溶解することによって、上記成分間の印形成性接触がされる印形成系であつて、しかも、その印形成性成分の1つが加圧前の元の印形成記録材料中に存在する重合体である新しい印形成性系に関するものである(1頁左欄26行ないし33行)こと、そして、本件発明は、その特許請求の範囲の記載のとおり、「(圧力感受性記録ユニツトを構成する)シート材料が着色印形成性成分として発色体材料と発色体材料に反応性の重合体材料とを支持し、前記両成分が共に圧力放出可能な液状溶剤に可溶性である」とした点が構成上の特徴であると認められる。

そして、前掲証拠によれば、従来、圧力感受性記録ユニツトとしては、マイクロカプセルの中の液体溶剤中に溶質として存在した発色体成分がカプセルの裂開によつて放出され、アタプルギツトクレイのような不溶性固体の酸性成分である印形成性成分に吸収させて加圧領域に印あるいは色を生じさせるものであつたことが認められ、この従来の感応記録ユニツトにあつては、「周囲の条件にその記録材料をさらすと、しばしばアタプルギツト粒子の減感を生じた。そして、この減感は粘土粒子の表面にある反応点が大気中の物質を吸収した結果、発色体材料との反応に必要なポテンシヤルを失うかあるいはそれが低下することによつて生ずると信じられた。」(1頁右欄36行ないし41行)ことが認められる。また、本件発明は、前記のごとき「大気感応性を有する従来の系よりはるかに改良され、しかも、下記にその特徴が示されるごとき追加的利点を有する感圧印形成の系を提供する。」(1頁右欄下から2行ないし2頁左欄2行)ものと記載され、更に、「印形成性成分が反応性接触をうけて特色ある印を生ずる。」(2頁左欄12行、13行)ことのほか、「一般に、印形成の点では、重合体材料が印形成反応の生成に伴つて生ずる膜として存在するであろう。その重合体が膜の形態で存在すると、いくつかの利点が提供される。すなわち、その利点とは、印形成がされた領域を取囲んでいて研磨作用によつても、印の消失を実質的に減少せしめる保護膜を有することである。加うるに、好ましい材料、すなわちフエノール重合体の場合では、大気の水分による脱色はその重合体の水に対する不溶性によつて妨げられる。その重合体材料を連続膜としてはじめからその保持シート物上に配置すれば、容易に可溶な形態の応対性材料よりなる大きな表面積が得られる。加うるに、膜状でその重合体が存在すれば、例えば、印刷インク塗布器のごとき現存する塗布装置に対する適応性がきわめて容易に得られる。最後に、以前の系と比較してみると、その重合体が、基材と大きな親和力を有しているために、その重合体ではアタプルギツトのごとき粉末状材料の被覆によつて生ずるいわゆる「ピツキング(picking)問題が実質的に減少する。」(10頁右欄40行ないし11頁左欄13行)と記載され、そのようなものであることが認められる。

2 一方、成立に争いのない甲第3号証の2(米国特許第2,972,547号明細書―引用例)によれば、引用例は、カーボン紙、複写紙等の着色剤の無色の原料として有用な、塩基性成分としての新規なアシルヒドラジン組成物たる発色物質に関する発明についての明細書であるが、そこには、「この新規な発色物質は、通常の状態では本質的には無色であるが、ケイ酸塩類、通常の酸、ヘテロポリ酸及びフエノール性物質のようなこの発色物質に対して酸となる発色剤と充分に緊密に接触せしめられると、ただちに発色可能となるものである。この接触は、溶媒の使用によつて行なわれ、そして、溶媒の存在下又は不存在下に熱又は圧力の使用によつて行なわれる。」(1欄36行ないし43行)と記載され、ケイ酸塩類の例としては、クレイ、シリカゲルなどが、また、フエノール性物質の例としては、フエノール樹脂が挙げられていること、引用例の実施例6には「アタプルギツトクレイを1枚の紙シート上にふるいかけする。メタノール、エタノール又はジオキサン中に実施例4Bの1%発色物質を含有する無色溶剤を上記クレイ上に滴下すると、ただちに濃い紫色の点が生ずる。クレイがクエン酸と置換された場合は、その点は濃い青色となる。」との記載があり、酸性成分として、エタノールに溶解するクエン酸が挙げられていること、更に、実施例11にも、酸性成分としてエタノールに溶解するリンタングステン酸が記載されていることが認められる。

そして、右のほかのすべての実施例における溶剤は、いずれも塩基性成分についての溶剤であり、これらの実施例には、酸性成分も同時に溶剤に溶解することを確認できる記載は見出せない。

3  原告は、審決が本件発明と引用例記載のものとを対比して、「本件発明においては、発色体材料と発色体材料に反応性の重合体材料との両成分が溶剤に可溶性であるのに、引用例記載のものでは、発色体材料は溶剤に可溶性であるが、発色体材料に反応性の重合体材料が溶剤に可溶性であるかどうか具体的に示されていない点」を一応相違点としながら、結局、引用例の実施例6の記載内容及び「両成分を密接に接触するには、両成分共、溶剤に溶解させた方がよいことは当然であるから」との一般論によつて、「引用例記載のものは、マイクロカプセル化された溶剤が発色体材料のみならず、発色体材料に反応性の重合体材料をも溶解するものである場合も包含するものと認められる。」と判断したのは、誤りである旨主張する。

引用例は、前記認定からも明らかなごとく、アシルヒドラジン組成物とその発色方法に関するものであつて、基本的内容としては、発色物質としての特定の新規物質アシルヒドラジン類について、同物質に対応して使用される酸性成分としての発色剤及び溶剤によりどのような発色が起るかについて記載がされているものである。たしかに、引用例のこの新規な発色物質(塩基性成分)も、これに対して酸性成分となる発色剤と充分緊密に接触せしめられると、ただちに発色するものではあるが、前掲甲第3号証の2、ことに、前記認定によつて明らかなとおり、この接触は、少なくとも酸性成分に関しては、溶媒の存在を意図しないし認識して行なわれるものであるとは認められない。なるほど、引用例の実施例6及び11にあつては、前記認定のとおり、物質的性質としては、エタノール溶剤に溶解可能の酸性成分であるクエン酸やリンタングステン酸が挙げられてはいるものの、これらの酸性成分たる物質は、いずれも「重合体でない化合物」であつて、本件発明が構成の要件とする「重合体」の範疇に入らないばかりでなく、水に可溶の性質をもつている(これに対し、本件発明については、前掲甲第2号証の3頁左欄末行ないし右欄6行には、酸性成分であるフエノール系重合体材料は、有機溶剤に対する溶解性及び水性媒質に対する相対的不溶性をも特徴とするとの記載がある。)から、引用例のこれらの酸性成分は本件発明の酸性成分と対比し、本件発明の構成及び作用効果上、きわめて異なることが明らかである。また、引用例には、前記認定のごとく、酸性成分としてフエノール樹脂の名称のみが示されているにすぎず、その具体的使用例は無論のこと、どのような形態のものを用いるのかについての記載も全くない。この点、審決は、引用料の実施例6においては、クエン酸が化学物質として塩基性成分の溶媒に可溶である点を取上げて、引用例はこの溶媒がフエノール樹脂を溶解する場合も包含する旨認定したが、これとは逆に、実施例6においては、前記のようにクエン酸の同効物としてアタプルギツトクレイ(酸性成分)が示されており、これは溶媒に不溶であり、しかも、当該技術分野では従来酸性成分として溶媒に不溶なものが普通に使用されていることからみて、ここにはかえつて、溶媒に不溶なフエノール樹脂を使用することが示されているにとどまるとみるのが相当である。

したがつて結局、引用例には、審決のいう「フエノール樹脂」のうちから塩基性成分と共通の溶媒に可溶のものを選定すべきことを示す記載があるとすることはできない。

そして、審決は、「化学常識上、両成分を密接に接触するには、両成分共、溶剤に溶解させた方がよいことは当然である。」というが、このような一般論を、一概に本件における圧力感受性記録ユニツトの反応の場合にそのまま当て嵌めることは、その発色のメカニズムが十分明らかではなく、かつ、従来固―液接触が支障なく行われていたことからみて、その反応について液―液の接触が常によいともにわかに速断しえないから、十分な根拠を欠くものとして、肯認しえない。

右のとおりであるから、引用例記載のものは、マイクロカプセル化された溶剤が、フエノール系重合体をも溶解する場合を包含しているものとした審決の前記相違点についての判断は誤りである。

結局、本件発明が引用例に記載された発明と同一であるとした審決の判断は、誤りであつて、違法であるから、取消を免れない。

3  よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(荒木秀一 舟本信光 舟橋定之)

<以下省略>

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